季刊『道』 157号(2008年夏)
● 送られてきた『道』は園田先生はじめ、私達に勇気と希望を与えてくれるすばらしい内容で、みんなに自信を持ってすすめられるタイムリーなものでした。
(大阪 中学校教諭 51歳 女性)
● 息子の空手の先生より季刊誌『道』を紹介していただき春号から読ませていただいています。各界で活躍されている方々のお言葉はいろいろととても参考になり、考えさせられ、とてもいい出会いをさせていただいたと感謝の気持ちでいっぱいです。その先生より親子塾のことも紹介いただいて、是非参加してみたいと思いました。
(神奈川 主婦 30代 女性)
● 私は接骨院の待合室に『道』を置いています。その中で患者様にこの本が欲しいという方に渡しているのですが、読んだ方から「この本には、今時珍しく正しい事が書いてある。こういう事は時代が変わっても変わることの無いことだから、私は息子に、孫の代まで残して読ませなさいと伝えました。」ととても感動してくださり、この本と出会わせてくれてありがとうと、大変感謝されました。私ももっと進歩、成長し、想いを伝えていけるようにがんばりたいと思います。
(千葉 柔道整復師 男性)
● 園田天光光さんの記事を読んで、御著書の『女は胆力』 を買いました。天光光さんの文章を読んでいると、「余生を過ごす」なんてものは存在しないんだなと、心から思わされます。それに比べ、自分は与えられた人生をいかに惰性で過ごしているかということを反省させられました。読むと、本当に力がわいてくる本です。『道』を読んでいると、もっともっと勉強したいという気持ちが出てきて、本屋さんに行くのですが、読める本がないんです。深さが違う。人間国宝の方たちへのインタビューをした記事でも、やはり宇城先生が引っ張り出してくるお話とは深さが違う。そして、どの本もジャンルの壁を超えられていないように感じられてしまいます。ジャンルを超えたところで、学びや生き方について書いている本は『道』しかない。私にとって『道』は非常に身近で自然な雑誌なので、つい、世の中の書店にはこういった本がたくさんあるんじゃないかと、ひょっと思ってしまうのですが、実際に書店にいってみると、なんだか物足りない気がしてしまうのです。
だから、『道』は本当に貴重な雑誌なんだと、そう思い直させられました。もっともっと、日本にこういう本が増えていかなければいけない。そう思います。今号から、『道』に取り上げられている先生方の著書が紹介されるようになっていますが、大変うれしく思います。そこから派生してどんどんと学べることが増えていくからです。ありがとうございます。あまりうまくいかないことも多いのですが、がんばります!
(東京 会社員 20代 男性)
● 辰巳芳子先生は「大豆100粒運動」を通して、ずっと食の大切さを説いていらっしゃいます。何故人は呼吸をするのでしょうの問いかけに、空気と食べ物の良し悪しで分かりやすく伝え、それが自信→愛→世界の平和へとつながる、とても深いお話でした。
(東京 70代 女性)
● 人生の真実、真理が書かれていると思います。全ての本に感動致しました。
(熊本 49歳 会社役員 男性)
● 『結局は一つの積み重ねです。』『しっかり粘り強く意志を持っていれば勇気になる。』『心で話す。』 そんな天光光先生の言葉がすんなりと心に入り、先生の声が聞こえてくるような感じがしました。また私が体験したことのない戦争の恐ろしさ、涙が出るほどでした。人間として生きる基本の道、読み終えた後自分に問いかけられているようで、上辺だけの言葉だけでなく心の深い言葉で伝えていただきました。
あらゆる分野の先生方のお話、対談が、今の自分を脱ぎ捨てて努力しなさい、頑張りなさい、前に一歩進みなさいと言われているようで勉強になります。その時だけではなくいつも心に強く残ります。こんな私が変われるの?ではなく、こんな私だからこそ変わらなくてはいけないんだと改めて考えさせられます。生きるという事、謙虚、子供たちへ…その他たくさんの心の深い言葉たちが寝る前に浮かんできて、自分の一日を振り返るようになりました。この温かく深いメッセージのこもった「道」を一人でも多くの人が読み、他人事ではなく前へ進むことが出来たら、今日が変わり、今の世の中が変わると思います。
(東京 29歳 主婦)
● 日常生活における基本的な事を日々実践する事が成長となると、実感致しました。
(熊本 32歳 建設業 男性)
● 石原伸晃議員の『「やって見せる」本来の教育へ』を読み、恵まれた環境に育ち、苦労知らずに育って現在に至っているであろう多くの人たちへの「目の前の人だけでなく、その環境を作ってくれた人への感謝の気持ちを忘れるな」というメッセージに、私が常日頃から抱いていた印象とは違う人柄を感じ、共感しました。
(北海道 70代 主婦)
● 武術の技術的な事だけでなく、人間形成上、日本古来より言われている内面的な心の問題、「どう生きるべきか」「どうあるべきだ」をわかりやすく説いた書籍です。今流行の薄っぺらの若者向けの雑誌とは違い、格調高い本です。ぜひ小学校高学年、中学、高校の学校教育に取り入れてもらいたい。
(神奈川 71歳 無職 男性)
● 季刊誌『道』は、弱気になっている入院中の私をしっかりと勇気づけ、支えてくれました。お蔭様で、退院以来少しの後遺症を引きずりながらも、前向きに生活をしています。若い頃ならもっと良かったのですが、70歳という高齢になった今でも、宇城先生はじめ皆様とつくづく「出会えて良かった」と感じております。感謝の気持ちで一杯です。
(東京 70歳 主婦)
● デーケン先生の死生学は、死を通して、今を生きる生命の尊さ、その輝きを、人生の歩みの中で発見させてくれる力を持っているように感じられます。そのようにして自己の命に手ごたえを感じてくると、辰巳芳子先生が語られたように、『自分の命への手ごたえを感じた人はね、「信じられる人」になってくる』のではないかと思います。そしてそこから、足を前に向け続けることによって、『愛する力が育ってくる』というビジョンは、『地に足のついた幸せ』の道をしっかりと歩むことを可能にすると思いました。
こうして、季刊『道』157号に寄稿された先生方のメッセージを拝読させていただいておりますと、様々な先生方が、ご自身の立場から心の大切さを述べておられるその文章に眼をとめるたびに、合気道開祖が、肉体を土台にして「魂の花」を咲かせる、と述べておられた合気の根本精神は、古事記や日本書紀以前の古代の日本から現代の日本にまで、志ある皆様によって脈々と受け継がれてきていると思いました。
(東京 50代 男性)
● 私は季刊『道』にいつも救われている気がしてならない。というのも『道』は困惑している状態の時に、私の元に届くからだ。 私はよく思い悩む。「思い悩む人のみに生きる意義がある」という言葉を何かの機会に目にしたことがあるが、私の場合は悩む内容も些細で、またその期間も長い。園田天光光先生の「逃げていたら何にもならないと思うのね。-中略- 積極的人生を生きる、つまりすべて積極的に物事を考え、積極的な自分をつくっていかなくては。そのなかから胆力というものが生まれてくるもんじゃないかしら」は沁みました。私は逃げていたのだと判りました。
また、デーケン氏と宇城先生は「人間の潜在能力」について語られておられましたが、「逃げ」を意識すると、必ず自分の能力レベルが下がっていくのを感じながらも、私は目先の楽を優先していました。それは先で己を失うことになると気付いていながら、また卑怯であると、低い身体レベルでは気付いていながら、そして私自身の人生の楽しみである「発見」する機会を逃す事になると知りながらも、己に負けていました。 デーケン氏の「私は危機という言葉が好きです」という言葉の響きに、心が透明になる思いがしました。氏の爽やかさが伝わってきました。私も氏のように、心は熱いけれども、爽やかな人となるために今日からまた邁進していきます。
(広島 大学院生 37歳 女性)
● 天光光先生のその深いまなざしを前にして言葉は唯の一つも出ません。惹きこまれてしまう深く澄んだお姿にただただ胸が詰まります。私は頑固であると思います。その負を正にして前へと歩を進める。『道』によって導かれるもの。一寸先の道。その連続した道の先に大いなる道がある。「いつも新しいゴールに向かって成長し、未来に向かっていく(デーケン先生)」自分であるために今を、今の先にあるものを想い煩うことなく精進しようと決意しました。
(宮城 30代 男性)
● 「道 157号」素晴らしい会談を記事として取り上げて頂き、大変ありがとうございます。アルフォンスデーケン先生と宇城先生との会談の記事を読み、「死生学」と武術の考え方に共通点が多いことに大変驚きました。デーケン先生がいう「自分の死をより良く向き合う」ということが、『葉隠』の有名な一節に「武士道は死ぬことと見つけたり」と大変似ているのではないか、と思いました。そして、日本の社会では、「死」ということについて語ることが、タブー視されています。しかし、「死」について真剣に考えない、または、その現実に目をつぶってしまっている社会背景が、裏を返せば「生」についても、同様のことが言えると思います。それが、昨今の悲しい事件を引き起こしている要因になっているのではないでしょうか。さっそく、大型書店で、アルフォンス・デーケン氏の本『よく生き よく笑いよき死と出会う』を購入して、一気に読みました。
(東京 30代 食品専門商社勤務 男性)
● 園田先生の無欲の想いが敗戦で疲れきった大人達の心に希望の光を灯し、多くの人がその力によって動くことで未来が築かれていく、人の真心の強さを感じさせる内容でした。
「行動する事で変わる今があり、変えていける未来がある」と語りかけているように思いました。分野の違う、それぞれの先生方の言葉は読み返す毎に胸に深く染み込んでいきます。『道』全体から感じられるのは、戦後の教育で見失った何かを取り戻して礼節を重んじ仲間を裏切らないという「覚悟」を持てる自分になる。その方法を『道』は伝えているような気がいたします。(東京 30代 男性)
● 『道』157号が届きました。毎回すばらしい書籍をお送りいただきありがとうございます。現在海外在住ですが、年に四回届く『道』を心待ちにしております。
一般には「郷に入っては郷に従え」と言われますが、自分の中に絶対に信じられる”軸”があって初めて可能なことだと強く感じ、日本人とは、日本固有の文化とは、日本人としていかに生きるべきかということをいやでも考えさせられます。毎回送られてくる「道」で、その軸を勉強させていただいております。
今回の特集、“肚を据える”を拝見いたしました。冒頭の園田先生のお話で、戦後の混乱期にそれも女性(失礼)が何も無いところから当時の政府を動かすという信じられないエピソード。
続いて、宇城先生とデーケン先生の対談での、国籍も、経歴も、宗教も、人種も違うお二人が、死と生に対する考え方、謙虚さ、人生におけるゴールに対する考え方(そしてこういった非常に深刻な話題で対談されているにもかかわらず、絶妙なタイミングで入るユーモアの心)など、非常に多くの共通点をもっていること。
連載の井上先生の“剣と生きる”での「すべては心の表現である」というお言葉。
すべては心、何が何でもやりぬくという意志なのだよ。とすべての先生方が繰り返し、繰り返し語っているように感じました。また特に宇城先生とデーケン先生の対談からは、その真理は、洋の東西にかかわらず世界でも通用するのだということを感じました。
毎回共通することなのですが、『道』に登場される人生の大先輩方の生き様を拝見し、「ああ、全く私はできてない」「私の苦労なんて話にもならないじゃないか」と反省しています。しかし、『道』が不思議なのは、そこで終わらず「よし、今からこのことを私の生活で実践しよう」「ああ、いまやっていることの方向は間違っていないんだ。もっと頑張ろう」という希望のエネルギーをもらえることです。
「ああ、この人は特別なんだ。オレには無理だよ」ではなく、このような気持ちになるのは、毎回登場される先生方が、うわべの理屈ではなく、深みのある生きた言葉や経験、そしてそこにこめられた心を伝えてくださっているからだと思います。
これからも、我々に自分自身を謙虚に見直すチャンスと、心に希望のエネルギーをくれる、そんな『道』を世界に発信し続けてください。
(海外在住 男性)
● 甘かった自分とは対極におられる先生方にこれほど勇気づけられ、同じ日本人としての誇りを初めて感じさせて頂いたことに感謝です!「負けるわけにはいかない」という炎を沸き上がらせてくれるこの『道』に感謝して、最善を尽くして進んで行くことを誓います。
(大阪 19歳 男性)
● 私がこの世に生を受けた時、何故か天光光というお名前は存じ上げていましたが、何をなさっていた方かは知りませんでした。大勢の人々をひきつける力は心なのだと実感しました。私自身、同じ昭和の時代を生き、戦争の悲惨さも多少目にしていますが、何故か幸いな事に、上野公園近くにある生家が焼かれた時は親戚の家に一人疎開させられていたし、その家が焼かれた時はまた、焼け出されていた私の親、妹達が疎開していた福島へと行っていて、私一人怖い思いはしなかったのです。この年まで本当に消極的な人生を歩いてきてしまっていたので、もっと早くこの文に出会っていたら、私の人生も変わっていたのかもしれないと、つくづく思いました。
(東京 母子寮勤務 74歳 女性)
● 大変すばらしい内容で、読んでいて力が湧いてきます。アルフォンスデーケン氏と宇城先生との会談では、改めて人間の死と生について考えさせられました。人間誰しも死ぬことは分かっているのですが、日常の中に紛れて、死を特に意識もしないで生きてきていました。知らず知らずのうちに死を見ない、考えないようにしていたのだと思います。お二人のお話を読み、それが同時に生きるということに対しても見ない、深く考えないようにしていたことに気づかされました。いつか来る死という神秘に対して見ないようにしたり問題として解決しようとするのではなく、受け入れられる人間を目指し生きていくことが必要だと思いました。
(福島 団体職員 30代 男性)
● 生と死の鮮やかなコントラストが際立った記事に惹きつけられました。今回の「道」には、死という対概念を通して、生が充実するということを今一度考えさせられました。幽明の境を越える日を心に留め、肚を据えた人生を歩もうと決意を新たにした次第です。こうしたことに気付かせてくれる「道」は、是非野火の如く世に広がっていってもらいたいと思います。
(千葉 法律事務 30歳 男性)
● 今回の『道』は表紙を見ただけで涙が出ました。天光光先生のその深いまなざしを前にして言葉は唯の一つも出ません。惹きこまれてしまう深く澄んだお姿にただただ胸が詰まります。『道』によって導かれるもの。一寸先の道。その連続した道の先に大いなる道がある。「いつも新しいゴールに向かって成長し、未来に向かっていく(p26デーケン先生)」自分であるために今を、今の先にあるものを想い煩うことなく精進しようと決意しました。
(宮城 福祉施設 30代 男性)
● 肚は、心と身体を結ぶ接点、と受けとめておりますので、肚をつくることは、とても大切だと思います。園田先生の御教示は、日常の中で『しっかり粘り強く「意志」を持つ』ことの重要性を説いておられて、今、自分の心を見つめ返す機会をいただきました。しかも、その『しっかり粘り強く「意志」を持つ』積み重ねを通して、その「意志」が、「自分の意志」となり、『そして、知らず知らずのうちに、肝のなかに入り胆力となっていく』と説いておられます。日々の積み重ねが、その日一日では効果が判らなくても、『知らず知らずのうちに』胆力を養成してくれることを、実践的にご指摘くださっておられますので、今日の私のささやかな努力も、その積み重ねの延長線上においては『知らず知らずのうちに』胆力が養成されてゆくと嬉しいなあと思って、よおし、今日もがんばろうと思いました。
(東京 外食産業 50代 男性)