季刊『道』 155号(2008年冬)
● 季刊『道』を購読してから、今回が2回目になります。『道』を拝読して感じるのは、いつも内容が充実しているという事です。登場された方々はその道を極めた人ならではのオーラを感じます。こんなに素晴らしい人たちがいる限り、日本も捨てたものではない。こんな時代だからこそ、もっと日本精神の良さを世界にアピールしてもいいのではと思ったりします。今回の特集「やりきる心」の最初のページの言葉に、自分の今までの人生を重ね合わせると、「本当に何かをやりきった事があるのか?」との疑問が湧いてきました。56年間生きてきた人生を振り返ると、多分「やりきった」ものは何もなかったような気がします。「やりきる心」は今私に必要な精神であり、勇気を与えてくれる言葉です。これからは「やりきる」という強い意志を持って、残りの人生を歩んで行きたいと思います。
(神奈川 男性)
● 今月号の対談「生き抜いた命」-覚悟して生きる、を面白く読みました。小野田さんの一言、一言はまさに戦場を生き抜いてきた人の言葉として、心に染み入るものがあります。今回の対談を読んで小野田さんの意志や気持の強さ、そして考え方の合理性などに非凡なものがあること、そしてそのことが30年以上のルバング島の生活を支えていたことを知り、改めて小野田さんの人間性に魅かれました。どんな環境でも人間はその意志をきちんと持っていれば生き抜けることを、身をもって示されたのではないかと思います。
ルバングにいる間、銃はすべての弾が使えるように改造して、弾の数なども管理を徹底していたことにたいして「自分の命がかかっていますかからね。撃ったときに不発では相手に打ち返されて自分の命が危ない」と答えておられる。命がけで日々を送るとはこういうことなのだと気付かされた気がします。こういう気構えを、普段から持っていることが生き抜くという姿勢の根底にあるのだと思いました。帰還後の小野田さんのブラジルでの開拓や自然塾という事業活動の基本にこの気構えが厳と存在しているのでしょう。今の自分の生活においてこういう気構えがあるのか、反省しながら対談を読みました。現代に生きる人は日々それぞれの場における“戦場”にいるのかもしれません。小野田さんの柔和な笑顔の中にある覚悟が、その“戦場”において何が大事なことかを教えてくれる気がしました。
(宮城 50代 男性)
● 季刊『道』155号が届きました。身も心も引き締まる記事を読み、今の私には、自分であれこれ探るようなことをせず、まず『道』に執筆されている先生方の教えをよく読み、常に心に留め、素直な感覚で日々を過ごすことが大切なのでないかと思っています。中級はほぼ2ヶ月ごとの開催で、初級よりも間隔があきますが、宇城塾での感覚を忘れないよう、日々過ごします。またよろしくお願い致します。
(大阪 主婦 54 歳 『道』塾生)
● 今回のテーマは「やりきる心」でしたが、自分は今まで何かをやりきったか? ただ何かを続けているだけで、それはやりきったことにはならないということに気づかせて頂きました。
また、小野田さんの対談の中で「『かわいそう』は笑っているのと一緒」というフレーズにハッとしました。自分は子供のころから、この「かわいそう」に違和感を感じていましたが、なぜという答えが見つからなかったのです。小野田さんの話で、自分には覚悟がないから答えられなかったことに気づきました。自分は何をすべきなのか、毎回考えさせられる『道』はもっともっと多くの日本人に読んでほしい一冊です。
(千葉 男性)
● 宇城先生と小野田さんの対談を読ませていただき、まだまだ自分自身の平和ボケも抜けていない事を感じております。もっと身体で動く事を実行していかなくては家族すら守っていけないと改めて感じています。頭でなく身体で感じ、身体が動くを身体に染み込ませていきます。今回も本当に自分が何もわかっていない、何も出来ていない事がわかりました。しかし向かっていく方向が益々観えてきたように思われます。次の『道』が送られてくるまでにほんのわずかでも自分自身を高めておきたいと思っております。今回も本当に素晴らしい本を有難うございました。
(群馬 男性)
● 季刊『道』は、おもしろいという気持ちだけでは終わらない、何か自分の中でやらなければいけないと突き動かされるような気持ちが芽生えてくる素晴らしい本です。ぜひこれからも季刊『道』という素晴らしい本を発信し続けてください。
(秋田 男性)
● 『道』を読む機会があり手にしてから、今では届くのを楽しみにしております。『道』の中には多くの人の知恵と勇気、また現代人が忘れかけている礼節が折り込まれ、学びの詰まった宝庫です。私は早速友人に、この本を読んで視野を広げて人生を豊かにしてもらいたく、プレゼントしました。
(東京 教員 42歳 女性)
● いちばん考えさせられたのは、岩井喜代仁さんの記事です。今年結婚するのですが、いずれ自分も人の親になる。その責任の重大さを感じています。
(東京 30代 男性)
● 現代は、弱肉強食のシステムが共生のシステムへと切り替わる大変革期に突入し、「心よりモノ」という物質に偏った価値観から「心あってこそのモノ」という価値観へと視点が移行、さまざまな方々が地に足をつけて、その「移行」を推進しておられるように感じています。本末転倒の世の中が逆転していく状況においては、「心の持ち方」がその大変革期を乗り切る大きな「力」になると思います。その意味で、「やりきる心」という今回の特集は、とても嬉しい!と感じました。
また、合気道開祖の「愛の時代が来たのがわからんのか!」とのお言葉を、季刊『道』が今の世の中へ取り次いでおられるように感じられました。日常において、不動心を養成するために、小野田氏が語られた「だから最初の一発で制しなくてはならない」という心構えをどのように日々練り上げてゆくか、大きな課題とさせていただきます。その日々の積み重ねを継続する決意を「伝統」は、大いに励ましてくださいます。「いい苧麻だけを増やしていく。そうやって代々やってきたから、いい株しか残らないのです。何百年と努力した上に今日があるのです」。その日々の努力を、目の前の対人関係を通して深めつつ、しかもそれを宇宙へと拡大する方向へご指導くださる宇城先生のご教示に、「生かされている」喜びを実感しつつ着実に道を歩みたいと思います。
(東京 53歳 男性)
● 季刊『道』155号を拝見させて頂き、小野田寛郎氏と宇城憲冶先生の対談は凄まじい人間力を感じました。『この世で、一人で生きられるか』という考えは、「なるほど、そうだ」っと改めて考えさせられました。人が生きていくには必ず社会の恩恵がある、すなわち必ず何処かで誰かの手が加わっている。だから人は生きていられるんだと思います。そこに感謝する気持ち、人を認める気持ちがいかに大切かを心に染み理解しました。毎号本当に勉強になります。今や私にとって一番の聖書です。
(三重 男性)
● 「スープに込める“あなたのために”の思い」を読んで、5年間にわたるアルツハイマーの母を介護した経験を思い起こしました。その後、お世話になった福祉の方々への感謝の気持ちで、お年寄り介護のボランティアを通じていろいろな経験をさせていただきましたが、“あなたのために”の思いが少しでもあったかと反省させられました。辰巳先生の介護体験談からくるいろいろなアイディアはとても参考になり、素直にその言葉を受け入れられるものです。私はそろそろ介護される側に近づいてきましたが、何にも優る心のこもったスープを自分のためにもと思っています。
(東京 母子寮勤務 74歳 女性)
● あの小野田さんの記事ということで、先入観から武勇伝が述べられるのかと思いましたが、日本のこれからのことを語っておられ、感動しました。
(東京 会社員 30代 男性)
● 「まるで歌舞伎の女形」。6ページ目にある小野田さんの立ち姿を見たとき即座に出た感想です。柔和と言うより優艶と評したくなる風貌に、「戦う」という言葉が全く似合わないように感じました。30年も戦い続けたとは信じられないくらいです。しかし、その30年にわたり戦い続けたという厳しい現実が、まさに戦わずして相手を観念させてしまうような立ち姿を作り出したのだろうと思いました。思わず背筋を伸ばし、頭を下げたくなるお姿です。「戦わずして勝つ」ということがまた一段深く理解できたように思います。
(千葉 法律事務 30代 男性)
● 私は、人間ひとりでも生きられると思っていましたが、小野田さんの記事を読んでハッとしました。自然の恵み、光、水、酸素があって生きていられる。食べ物でも、口に入るまでにはたくさんの人の手にかかわっている。「一人でなんか生きられるもんかって。いっぺん山へ入ってみたらいい。自然からの調達だけで暮らしていけるのか、と。」という言葉をみてなるほど……と思いました。人の苦労、思いやる気持ち、感謝の気持ちをもって、食も味わっていかなければいけないと強く感じました。
(東京 パート 74歳 女性)
● 身体知を今に活かすための宇城先生の『気づく、気づかせる』や、「自分の気剣体の一致ではっきり会得できるようになったら、自然にそれができるわけ」と述べておられる澤田先生の『あくなき向上心に学ぶ』などは、私の未熟なレベルにおいて、毎日のあらゆる出来事を「道場」として「調和する心」を練り上げる稽古、精進を積み重ねる覚悟に対し、大きな励ましと気づきを提供してくださる。季刊『道』最新号は、深みある実に有り難い本だと思います。
(東京 53歳 男性)