2021年 岡山 第1回(2021.2.16)

「先生に学ぶものとして、少しでも恥ずかしくないよう人として成長したい」

山口 教員 35歳 男性 SA

今年最初の道塾では、常日頃の自分が、自分中心でありかつ全てと対立、衝突している現状であることを改めて、先生のご講義や検証を通して知ることができました。

人間(じんかん)という、人の本質は、人と人との間であること。その間が、私達は常に衝突、対立し時間が止まってしまい、ただの物理的な距離となっている。それは、私達の心が心なしの状態で、相手を思いやったり、寄り添ったりする心が欠けてしまっていることを先生が示される相手との調和や気による実証、並んだ列の先頭の方の横に立って(相手の目線から見る)から腕を引っ張ると列が動くという検証を通して、自分の身体で確認することができました。

また、私達の空間や時空は止まっているように見えるが、もっと大きなスケールで見ると地球は常に自転、公転を行い動き続けていること、そのことを自然への観察を通して発見した偉人と呼ばれる人達は、物事の本質を見極める思考力があったが、今の自分達はどんどんアトム化への道を進み、本質を見極めようとする思考力が低下してしまっていること、そして何より人としての本質をどんどん失い続けている事を先生は様々なお話の中で、私達に問い掛け、そして気づきへと導いてくださいました。

今回の道塾を通して、宇城先生の御姿や限りなく深い愛情とその生き様から放たれる凄まじいエネルギーを肌で感じることを通して、私の中からは「先生に学ぶものとして、少しでも恥ずかしくないよう人として成長したい」という思いが会場に入った瞬間から湧き上がりました。自分の力では常に色んなことに負けてしまってばかりです。しかし、宇城先生の下で学べていることの有り難さに心から感謝し、自分を磨きたく思っております。

宇城先生、この度も御指導を賜り、本当にありがとうございました。これからも何卒、御指導、ご鞭撻のほどを賜りますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。

病気になったからこそ分かる

岡山 会社員 44歳 男性 NO

障害者になった友人を初めて道塾に連れていくことができました。宇城先生が気を通すと動かなかった右腕が動くようになったり、右足が高く上がるようになりました。その時の友人の無邪気な表情が忘れられません。

できなかったことができるようになった喜びは、見守っていた周囲を明るく照らしてくれている感じでした。何気なく日常を過ごしているから、気づけないことがまだまだ私の中にもあったのだと教えてくれているようでした。

意識と無意識の違いについてこれまでにも先生から教えていただいていましたが、結局は頭で理解していたのだと気づくことができました。

やればできるという自信を少し失っていた友人でしたが、勇気と希望をいただきましたので、これからも焦らず楽しんでともに歩んでいこうと思います。本日は本当にありがとうございました。

毎日土と繋がる方法と時間を得て少し気持ちが楽になりました

山口 会社員 48歳 男性 KI

顕在意識の思い違いに対し、身体の出す答えは「不和」でしかない。不和が生じる時、それは人間が間違っている。身体はそのことを知らせてくれています。

今年で道塾は11年目になります。内なる葛藤は尽きません。朝夕に三戦の型と感謝の型を1度だけ、丁寧に行うことを日課としています。コロナ禍にあっても不安はなく、家族を含め身辺は穏やかです。

昨年の秋から、自宅の食材の余りを使って堆肥を作るようになりました。きっかけは『道』で紹介された映画「いただきます ここは、発酵の楽園」です。庭の土と米ぬかを混ぜ合わせて土嚢袋に入れておき、その中へ刻んだ野菜の葉や果物の皮を加えていく。日に15分程度の作業ですが、2日も経つと微生物による発酵が進み土嚢袋が温かくなります。温もりや匂いで変化を感じ取ることが単純に嬉しい。毎日土と繋がる方法と時間を得て、少し気持ちが楽になりました。

昨年は感想文を提出しておりません。ルール違反であることは勿論承知しています。やはり自分は病んでおり、嘘をつかないこと、見栄を張らないことが、自分にとってこれほど難しいとは思っていませんでした。誠に申し訳ありません。
どうか本年もよろしくお願いします。