「開祖の言葉ひとつでも再現したい」 西尾昭二先生のこと

 西尾昭二先生の技術書『許す武道 合気道』は、西尾先生が亡くなる1年前に刊行されたものです。本書を制作するにあたり、西尾先生との打ち合わせの際、開祖との思い出、当時の苦労話など様々なお話をうかがいました。

 以下は、本書を出すにあたっての西尾先生の思いがつづられたものです。「合気道とは、開祖の言葉(理念)の実現である」その思いがひしひしと感じられます。語っていただいたのは、2004年2月14日です。

 最近の合気道界を見ると、一般のスポーツ、武道のように試合がないことに便乗して、武道の原点を忘れ、ほとんど舞踊化されてきていると言いたくなるような風潮があると言えるのではないでしょうか。
 武道の根源は武術である。我々はこの事を忘れてはならない。だが、武術とは何かと言うと、人殺しの技術である。武術が武道と言われるようになるまでに、武芸と言われる時代、そして今日に至っているのですが、いまだその前段階から抜け切らない者が大勢います。
 だが真の合気道を求める人は、「地上最高の芸術者たるの心を持て」と言うべきところかもしれません。
 我々は人間の持つ、もっとも劣悪な闘争、破壊、殺生という題材を使って、融和、創造、育成という、世の人々の誰もが望むものを創り上げていく。開祖が、「合気道は日本の武道の方向を正すのぢゃ、合気道は萬有愛護生成化育の道である」と言われている、この言葉の実現でしょう。
 私は道場の稽古の、一つひとつの技の説明は皆さんとの語り合いとしています。合気道の技は言葉と同じです。道場とは話し合いの場なのです。
この事を多くの合気道家の方々に認識していただきたいと思い、この本を著すことにいたしました。

中央 合気道開祖・植芝盛平
前列左 西尾昭二師範(昭和43年)

 『許す武道 合気道』の「総論」冒頭で西尾先生は、「認める」「与える」「構えない」と項目立てて合気道の理念を語っています。
 また「武道の根源は武術」言葉通り、「当て(当て身)」を大切にされた師範は「合気道を志す人は、最低限の当ての知識をもつようにしていただきたい」と詳細に解説しています。